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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)74号 判決

奈良市東向中町九番地

原告

北邨ハル子

右訴訟代理人弁護士

荒木宏

奈良市登大路町八一番地奈良合同庁舎

被告

奈良税務署長

寺野文夫

右訴訟代理人弁護士

土橋忠一

右指定代理人

小沢義彦

森義雄

宮本益実

遠藤忠雄

右当事者間の昭和四一年(行ウ)第七四号課税処分等取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対してなした昭和四〇年九月二日付昭和三七年分贈与税決定処分(本税額金五二〇〇〇〇円)および無申告加算税賦課決定処分(税額金五二、〇〇〇円)を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因等を次のとおり述べた。

一、被告は、原告に対し、昭和四〇年九月二日付で、昭和三七年中に原告が贈与を受けた財産の額が金二、〇〇〇、〇〇〇円あるとし、諸控除を差引いて税額金五二〇、〇〇〇円の贈与税決定処分(以下本件決定処分という。)および税額金五二、〇〇〇円の無申告加算税賦課決定処分(以下本件賦課処分という。)をした。

二、しかし、原告は、昭和三七年中に被告主張のような贈与を受けたことはないから、右各処分には贈与がないのにあると認定した違法がある。

よつて、原告は、被告に対し、本件決定処分および本件賦課処分の取消しを求めるため本訴に及んだ。

三、(一)、被告主張事実第三項(一)は否認する。

原告が別紙目録第一記載土地(以下本件土地という。)売却の当時北邨進一から金二、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余は否認する。

(二)、1、被告主張事実第三項(二)1のうち、本件土地が原告の四男進一の所有であり、原告が昭和二六年に同地上の建物を使用して原告登録名義の米穀店を開設したことは認める。

原告が右店舗を開設する以前、同地上にはバラツク建物の基礎と柱数本が存在したのみで、屋根、壁はもとより天井、床板もなかつたのである。

そこで、原告は、進一から敷地使用借権の設定を受けるとともに右基礎、柱等から成る地上工作物の贈与を受け、これに加工して自ら別紙目録第二記載建物(以下本件建物甲という。)に新築してその所有権を取得した。

2、同第三項(二)2は争う。

原告の店舗には約四〇〇世帯が米穀配給登録をしており、奈良市三条町の店舗に移転するまで、同市油阪町の右店舗で米穀配給業務を行つて来た。尤も、ある時期において、人手不足のため、配給業務を一部他店に依頼したことはあるが、被告主張のように油阪町の店舗を閉鎖したことはない。

3、同第三項(二)3は争う。

原告が昭和三六年一〇月頃三条町に店舗を借受けたのは、油阪町の店舗附近の交通が激化して営業が困難になつたのと、本件土地売却の話が進んでいたためである。

(三)、1、被告主張事実第三項/は争う。

原告は、金五〇〇、〇〇〇円を支出して、本件建物甲を新築したのである。

そして、本件建物甲の昭和三七年一〇月一一日現存における正常価格は、金三二三、〇〇〇円である。

2、同第三項(三)2は争う。

本件建物甲の敷地使用貸借に基づく土地利用権の同日現在における正常価格は、金二六六、五〇〇円である。

3、同第三項(三)3は争う。

原告は、前記(二)2のとおり三条町に移転するまで油阪町の店舗で営業を継続していたものであり、新店舗移転にあたり、建物の前借主(精肉商)に対する権利金五〇〇、〇〇〇円、改造費金一、五〇〇、〇〇〇円、合計金二、〇〇〇、〇〇〇円を支出した。

4、このように、原告は、北邨進一の本件土地売却にあたり、北邨進一に対し、本件事物甲から店舗を他に移転して敷地使用借権、敷地占有権を放棄する代償、すなわち、立退料、営業補償の趣旨のものとして、進一から合計金二、〇〇〇、〇〇〇円を受領したものである。

(四)、被告主張事実第三項(四)は争う。

よつて、被告の贈与の主張は失当である。

被告訴訟代理人等は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張請求原因事実第一項は認める。

二、同第二項は争う。

三、(一)、原告は、昭和三七年九月、四男進一が同一所有本件土地を売却した際、その売得金から金三、〇〇〇、〇〇〇円を受領した。

(二)、1、原告は、昭和二六年、油阪町所在本件土地上にあつた周囲のみできていた未完成バラツクを自ら完成させ、その建物に原告登録名義の米穀店を開設した。

2、その後、原告は、昭和三三年夏頃までに、右米穀店を閉鎖し、以後の配給業務を、同市西之阪町所在夫北邨増治郎登録名義の米穀店に委託した。

3、原告は、昭和三六年一〇月頃、三条町に三男北邨学名義で店舗を賃借し、右左舗変更につき県知事の許可を受けた。

(三)、1、原告は、本件建物甲の建築にあたつては、屋根部分の工事をしたにすぎず、しかも右バラツクは、昭和三十二、三年以後は物置となつて住む人もなく荒廃していた。

このように、荒廃した建物は、建物としての効用がなく、むしろ取りこわし費用がかさむため、土地建物一括取引にあたつては、敷地の価格のみで取引されるのが通例である。

そして、本件土地の買主は、パチンコ店の経営者であり、パチンコ店拡張の目的をもつて本件土地を購入したものであつて、右バラツク建物そのものは必要としなかつたから、買取後これを取りこわしている。

従つて、原告の受領した金員が本件建物甲の売買代金であるとみることはできない。

2、建物がその低地に対して有するいわゆる底地権は、元来、賃借権に附随する権利として、慣習的に発生したものであり、使用貸借の場合には、発生する余地がない。

原告は、油阪町の店舗開設にあたり、土地所有者たる進一に対し、なんら権利金を支払つて、おらず、開設以来確たる地代の約定もなさずその支払もしていない。従つて、底地権の発生する余地は全くない。

3、原告は、本件土地売却とは無関係に、その数年前から油阪町の米穀店を閉鎖し、かつ右土地売却の約一年前にはすでに三条町に新店舗を開設して営業を続けているのであるから、本件土地売却にともなう同土地の明渡に関する立退料、営業補償の如きを受けるべき理由はなかつた。

4、従つて、原告が受領した金員は、バラツクの売買代金、底地権代、立退料、営業補償のいずれの趣旨のものでもないものである。

(四)、結局、原告が受領した金員は、北村進一と原告との間に成立した金銭贈与契約履行としてなされた金員の給付であるとみざるを得ないものであるから、被告のなした本件決定処分および本件賦課処分は、いずれも適法である。

よつて、原告の本訴請求は失当である。

証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証を提出し、証人北邨増治郎、同北邨進一、同北野通夫、同天野ナミコ、原告本人の各尋問を求め、乙第四、五号証、第七号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べ、被告訴訟代理人等は、乙第一ないし第一〇号証を提出し、甲第四ないし第六号証、第八号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、原告主張請求原因事実第一項は、当事者間に争いがない。

二、被告は、原告が昭和三七年九月訴外北邨進一から金三、〇〇〇、〇〇〇円の贈与を受けた旨主張するので検討する。

(一)  成立に争いない甲第一ないし第三号証、第七号証、乙第一号証人北野通夫の供述により真正に成立したものと認めうる甲第八号証と証人北邨増治郎、同北邨進一、同北野通夫、原告本人の各供述によれば、訴外北邨進一の所有にかかる(この事実は当事者間に争がない)本件土地上には、本件建物甲のほか、別紙目録第三記載建物(以下本件建物乙という。)も存在し、原告の夫増治郎と先妻間に生れた北邨学が昭和三四年頃これを代金約四〇〇、〇〇〇円で買受けるとともに、北邨増治郎と原告間に生れた所有者北邨進一からその敷地部分を使用借してここに居住していたが、右学は、昭和三七年本件土地売却に先立ち、奈良市登大路町に土地建物を代金一、五〇〇、〇〇〇円で講入し、約五〇〇、〇〇〇円をかけて右建物を補修してこれに移転したこと、増治郎は、同年七月頃、本件土地の隣接地でパチンコ店を経営している訴外岩本茂一こと李春成申出により同人の本件土地講入の申込を進一に伝えるとともに地上建物所有者たる原告および学両名をも加えて右土地処分に関し協議した結果岩本に対し代金総額を七、〇〇〇、〇〇〇円として本件土地、本件建物甲、乙を一括譲渡し、その売得金原告進一および学三名の関係者共同の収益として先妻の子学および後妻の子進一両名は各自平等に金二、〇〇〇、〇〇〇円ずつ、原告には残額金三、〇〇〇、〇〇〇円を分配取得するものとする旨の合意が成立した、そこで増治郎は右三名の各代理人として、岩本との間に、同年九月一八日、代金総額七、〇〇〇、〇〇〇円と定めて岩本に前記土地、建物を一括売却する旨の契約を締結し、その頃右岩本から右代金の支払を受領したので前記関係人三名間の協定に従つて右売得金中から三名各自にそれぞれ前記金額を分配したこと、右売買当時における本件土地の正常価格は金四、四四〇、〇〇〇円、本件建物乙の価格金八五九、〇〇〇円その使用貸借に基く敷地利用権の価格金三六八、五〇〇円、合計金一、二二七、五〇〇円であることが認められ、乙第八号証の供述記載中原告への分配金が金二、〇〇〇、〇〇〇円である旨の部分は前顕各証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆しうる証拠はない。

以上認定の事実よりすれば北邨学が受領した金二、〇〇〇、〇〇〇円は、同人所有本件建物乙の対価であるとみるのが相当であるが北邨進一が受領した金二、〇〇〇、〇〇〇円は、前記評価額の半分にもみたないので、到底これを本件土地の対価とみることはできない。

(二)  そこで、原告が受領した金三、〇〇〇、〇〇〇円が本件建物甲譲渡の対価とみうるかどうかについて考える。

1、被告は、本件建物甲が原告の所有であるとの原告主張事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2、前顕甲第一ないし第三号証と証人北邨増治郎、同北邨進一、原告本人の各供述によれば、北邨増治郎は、昭和七年、原告と婚姻したが、先妻との間に生れた子供が三人もあつてとかく家庭生活に円満を欠き、昭和二二年一旦原告と離婚し、翌二三年再び原告と婚姻するという複雑な家庭生活を送つていたところから、原告が本件建物甲を完成しそこで、米穀店を開設したのも増治郎とは営業上の損益計算を独立させもつぱら原告単独の計算において行つた営業であつたことが認められ、右認定を動しうる証拠はない。

3、次に成立に争いない甲第二、三号証、第七号証、第九号証、乙第一号証、第六号証と証人北邨増治郎、同北邨進一、同天野ナミコ、原告本人の各供述を総合すれば、原告は、昭和二六年油阪町に米穀店開設以来昭和三六年一〇月頃三条町の店舗に移転するまで、その間時析臨時に米穀の配達を西之阪町の米穀店に委託したことがあるけれども、とにかく引続き油阪町の店舗において独立して営業を継続して来たこと、しかし同店舗附近の交通が激化し道路に面する店舗による営業に支障を来すようになつたので、原告は、三条町に店舗を借受け、その際同店舗の前借主(精肉商)に対して権利金(賃借権譲渡の対価)五〇〇、〇〇〇円を支払うとともに、これを米穀店向に改造し、必要な設備をととのえるために合計金二、〇〇〇、〇〇〇円位を支出して店舗を改装し、その頃店舗変更につき県知事の許可を受けたことが認められる。乙第三、四号証の供述記載中、既に昭和三十二、三年頃には北邨米穀店を閉めて誰も住まず物置のようになつていた旨の部分乙第七号証の供述記載中修理費の額は、三、四十万円程度のものだつた旨の部分は、いずれも前顕各証拠と対比して措信できない。

4、更に成立に争いない乙第三号証、第九、一〇号証、乙第三号証により真正に成立したものと認めうる乙第四号証によれば、本件建物甲は、昭和二六年建築のバラツクであるが、昭和三三年頃すでに壁は落ち、柱は歪み相当荒れていたので、昭和三七年六月頃一時選挙事務所に使用されたとはいえ、本件土地売却当時にはかなり荒廃していてそのままの状態では到底一戸の独立の建物として取引の目的とするだけの価傾は認め難い実態にあつたことが認められ、原告本人の供述中右認定に反する部分は前顕、各証拠と対比して措信できない。

尤も、甲第八号証(昭和四五年三月一〇日付不動産鑑定評価書)には、昭和三七年一〇月一一日現在における右建物の正常価格が金三二三、〇〇〇円、その使用貸借に基づく敷地利用権の正常価格金二六六、五〇〇円である旨の記載が存するけれども、証人北野通夫の供述によれば、右建物は、すでに(甲第八号証により昭和三七年一一月一〇日)減失していたので、右鑑定は、北邨進一の陳述を基にして評価を行つたものであるが、進一は、これを瓦葺であると説明したので、誤つて普通家屋として評価されていることが認められるばかりか、実際には前記認定のとおり本件建物甲はかなり荒廃が進んでいたことが認められるから、これらの評価額はその前提に致命的欠陥があり到底採用できないというべきである。

5、そして、原告は、前記認定のとおり、本件土地売却の約一年前に、本件土地売却のためではなく、もつぱら店舗前道路の交通激化による営業上の支障から三条町の新店舗に移転して引続き米穀商を営んでいるものであるから、およそ本件土地売却を原因として本件土地の所有者たる北邨進一から旧店舗に関する立退料や営業補償を受けるべき法律関係に立つ理由はないというべきである。

(三)、以上(二)の1から5までの認定説示を総合して考察するときは原告が受領した金三、〇〇〇、〇〇〇円は、本件建物申の売買代金、 底地権代、立退料、営業補償のいずれも該当せず、むしろ、北邨増治郎は、前記複雑な家庭事情の下で、家庭生活の円満をねがい、親子の情誼に恃んで、原告が荒廃してはいるが本件建物甲を所有しているのを幸いに、原告と学がそれぞれ多額の出費をしたのを契機として、前記(一)認定にかかる土地換価金配分の合意を成立させたものと解せられ、かかる家庭事情に前記認定にかかる各物件の評価額(但し本件建物甲は無価値)を併せ考慮すると、金額三〇〇万円の範囲で右土地等の売得金を原告に帰属せしめる目的の限度において、右合意は進一から原告に対する金三、〇〇〇、〇〇〇円の贈与契約であると認めるのが相当であり、従つて、原告はその履行として進一から右金員を受領したものというべきである。

三、したがつて原告は、金三、〇〇〇、〇〇〇円の贈与を受けたものであるから、右金額範囲内たる金二、〇〇〇、〇〇〇円につき被告がなした本件決定処分および本件賦課処分はいずれも適法である。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日野達蔵 裁判官 辰己和男 裁判官 仙波厚)

目録

第一奈良市油阪町字出口一番六二

一、宅地 一五坪 (四九・五八m2)

同市同町字イコニホ三〇番九

一、宅地 二五坪二合(八三・三〇m2)

第二右両地所在

一、木造トタン葺平家建店舗

建坪 一五坪

第三右両地所在

床面積 一階 二五坪一合

二階 二五坪一合

以上

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